硬度の歴史

硬度の歴史

硬度試験は、ほとんどの材料について、そして一定の金属について特に、過去250年以上にわたりさまざまな形で使われてきた、有用で意味のある、一般的に用いられている機械的な試験です。材料の特性としてその価値と重要性は軽視できません。硬度試験による情報は、決定的な意味のある性能情報と、原材料、調製された試料、完成品までのさまざまな部材の耐久性、強度、柔軟性、性能についての情報を提供します。硬度試験は多様な産業で広く使われており、構造物、宇宙航空、品質管理、故障分析、その他のいろいろな製造分野で特に重要な役割を果たしています。

試験の技術とハードウェアが著しく改善された一方で、特に近年、急速に進んだ電気、コンピューター、ハードウェア、そしてプログラミング能力とともに、簡単な引っかき試験といった初期の基本的な硬度試験がその時代のニーズを満たしてきました。棒による引っかき試験の最初の形はおよそ1722年に遡ります。これらの試験は端から端まで硬度を強化した棒に基づいていました。試験された材料は棒に引っかき傷を作り、その傷のつき方が試料の硬度の決定要因でした。後に、1822年、ダイヤモンドで材料の表面を引っかき、結果として得られる線の幅を測ることを含む硬度試験の形が取り入れられ、後にモース(Mohs)硬度計として知られる試験となりました。いくつかの工程で、現在でもこの方式がいまだに使われています。モース硬度計は10種類の鉱物からなり、固い順から10(ダイヤモンド)、一番柔らかいものが1(タルク)です。それぞれの鉱物は硬度計の階層の中でそれを下回るものを引っ掻くことが出来ます。モース硬度計は直線状ではありません。すなわち9と10の硬度の違いは1と2の違いよりかなり大きなものです。モース硬度計を総体的に見ると、具体例は硬度計でおよそ7か8になる硬化した工具鋼です。その後75年以上、一体型顕微鏡、試料台、そして3グラムまで負荷を増やしたダイヤモンドの器具が含まれた、より精密な引っかき試験がさらに他にも取り入れられました。試験される材料は負荷を変えて引っかき、既知の値の引っかき傷の一連の標準と比較されました。このシステムのより洗練されたバージョンは、テーパー型の鋼ばねの先にダイヤモンドを取り付けたものを採用しました。そのばねのもう片側には3グラムのおもりをつけたバランスアームをつなげました。試験を受けた材料は手回しホイールとウォームギヤシステムで動かされ、その上には試料台と材料用保持固定具を置きました。材料が横断すると一定の圧力がかかり、材料が結果として「切断」され、測微マイクロメーターの接眼レンズの助けをを借りて顕微鏡で測定されました。工程に固有の数式が、その当時は硬度を導き出すために用いられていました。

後に、押し込み型硬度が取り入れられ、1つの初期の型が1859年頃開発されました。それは材料に3.5ミリメートルのへこみをつけるために必要な負荷をベースにしていました。深さはバーニヤスケールシステムで計測され、負荷の総量は3.5ミリメートルに到達する必要があり、それが硬度と呼ばれました。針入度計は上端を5ミリメートル、先端を1.25ミリメートルと先細にした円錐台から構成されていました。この方法は柔らかい材料に多くの場合効果的でした。押し込み試験のもう一つの初期の形には、同じ試験材料を垂直配置にして互いに押し合わせ、結果できた跡の幅を計測するものがありました。1900年代初期にはこの技術からさまざまな形式が展開し、その上縦軸を用いて互いに垂直に圧力をかけ、シリンダー状の試験材料を「相互」に押し込みました。

最初に広く受け入れられ標準化された押し込み硬度試験は1900年、J・A・ブリネル(J. A. Brinell)が提案した。スウェーデンの製鉄会社数社にかかわっていた間に、ブリネルは材質科学に関心を深め、材料の硬度を測定する、一貫した迅速な手段を欲していました。ブリネルの硬度試験は今日でも広く用いられており、直径1~10ミリメートルの鋼で金属の表面にくぼみをつけたり、またごく最近では、3000キロまでの重いタングステン炭化物の球を使います。結果得られる跡は、へこみの直径で、負荷を取り除いた後低倍率の顕微鏡で計測されます。垂直につけられた跡の直径を2回読み取った平均値が出され、数学的に硬度値が算出されます。ブリネルの試験は基本的に押し込み硬度試験の生産段階を取り入れ、材料の種類により適切なさらなる押し込み試験への道を開きました。

ブリネルが有益な試験として開発していたのとほぼ同時期に反発硬度計が最初の「跡をつけない」硬度試験の道具のひとつとして紹介されました。ニューヨークでShore Instrument Manufacturing Companyを設立し、その名前がデュロメーター試験と同義語となっているアルバート・F・ショア(Albert F. Shore)が代替硬度試験としての硬度計を設計しました。硬度計は、前面がガラス張りのチューブの中に納められ、10インチの高さから試験片に落とす、ダイヤモンドを先につけた「ハンマー」を用いました。ハンマーの反発がそれぞれ100等分された「ショア」単位の目盛りを刻んだスケールで計測され、硬化した高炭素鋼から予測される反発と比較されました。硬度測定は技術的に見て、材料の弾力性の評価基準です。反発硬度計の一つの大きな長所は、当時の硬度試験でできる他の方法とは違い、その「破壊しない」特質にあり、反発硬度計は試験において材料にかすかな跡を残すだけで、評価の後もおそらくそのまま使うことができました。

20世紀が進み、2つの世界大戦を耐え抜き、産業革命が同時に花開き、製造需要の増加と世界的な産業化がより正確で効果的な試験方法への差し迫った需要をもたらし、新しい技術が発展し始めました。重工業の需要、構造破損、そして発展しつつある世界的基盤に十分足りる材料の完全性を設計する必要性を受けて、正確で効果的な試験の型が必要とされました。

ブリネルの試験の代替として、ビッカース硬度試験が1924年、英国の工学複合企業体であるビッカース社(Vickers Ltd)のスミス(Smith)とサンドランド(Sandland)という紳士2人によって開発されました。その試験は、ブリネル試験が効果的だった限られた材料に対してより正確な試験を行いたいというニーズを受けて設計されました。ビッカース試験はブリネル試験と同じ原理を用い、材料に規則正しくつけられた跡を使いますが、ブリネル試験で使われた球状の圧子よりむしろピラミッド型のダイヤモンドを代わりに使用しました。これは結果的にさらに一貫した用途の広い硬度試験をもたらしました。その後1939年に、米国国立標準局のフレデリック・ヌープ(Fredrick Knoop)がビッカース硬さ試験の代替手段を導入しました。ヌープ試験はより浅い、細長い形式のピラミッド型ダイヤモンドを用い、ビッカース試験より小さい試験荷重用に設計され、脆い、または薄い材料をより正確に試験することを可能にしました。ビッカース試験とヌープ試験の両方とも、今日も硬度分析手法として一般に使われ続けています。

ウイーンの教授、ポール・ルードヴィーク(Paul Ludwik)により1908年に考え出されたにもかかわらず、ロックウェル(Rockwell)押し込み試験は、1914年頃にコネチカット州ブリストルの製造会社で働いていたスタンレー(Stanley)とヒュー(Hugh)のロックウェル(Rockwell)兄弟が変位に基づいた円錐状ダイヤモンド押し込み試験を用いたその発想を発展させ、ロックウェル硬度計のデザイン特許を出願するまで、商業的重要性を持ちませんでした。この硬度計の主な基準は、鋼のベアリングレースへの熱処理の効果を計測する簡単な方法をもたらすことでした。ロックウェルテストの主な長所の一つは、必要な押し込みのエリアが小さかったことです。また、計算や二次計測を必要とせずに、直接計測できたのでより簡単に使うことができます。特許の出願は1919年2月11日に承認され、その後1924年、さらに改良されたデザイン特許を得ました。同時にスタンレー・ロックウェルはコネチカット州ハートフォードの機械製造業者であるチャールズ・H・ウィルソン(Charles H. Wilson)とともにロックウェル硬度計の商業生産を始めようとしていました。会社は成長しWilson Mechanical Instrument Companyとなり、ロックウェル硬度計の高品質生産業者として知られるようになりました。1900年代の終わり頃、何度かの所有者交代を経て、ウィルソン社は1993年、材料試験業界の世界的なリーダーであるインストロン社(Instron)に買収され、今日ではインストロン・イリノイ・ツール・ワークス社(Instron/ Illinois Tool Works)の不可欠な要素となっています。現在ウィルソン・ハードネス社(Wilson Hardness)として知られ、インストロン社とウィルソン社の一体となった専門的知識は、ウォルパート・ハードネス社(Wolpert Hardness)とレイチャーター・ハードネス社(Reicherter Hardness)のそれに続く買収と相まって、最新鋭の硬度システムの作業と生産につながっています。ロックウェル試験は最も効果的で広く使われている硬度試験の一種として生き残っています。

硬度試験技術は、1900年代半ばから終わりにかけて極めて一貫し続けており、ほとんどのシステムは一般的に試験荷重に自重方式を使っていました。自重技術がかなり単純で、信頼でき、広く受け入れられていた一方、ある種のあいまいさがないわけではありません。レバーやピボット、ガイドに頼る高度な機械装置に含まれる複雑さと相まって、労働集約的生産はさらなる開発へのニーズを導き、計測器具に使われる力調節の、新規に開発された他の型が、硬度試験にも適用できるかも知れないということが明白になりました。生産性、正確性、ユーザー機能そして再現性閉ループへの需要が高まり、ロードセル技術は硬度試験の要素となりました。1950年代、マサチューセッツ州のインストロン社は、引張試験機器に閉ループシステムを使った先駆者となりました。閉ループシステムは、すべての試験の間にかけられる力を電子的に計測する手段を持ち、制御システムに情報を返す(または一巡して元に戻る)開ループ(自重)システムとは違います。制御システムは、求められる力に非常に正確な比率で適用するために加力メカニズムを調整するためフィードバックを使うよう設計されています。これらのシステムは大変良く機能を果たしているため、今日すべての電子引張・圧縮機器は排他的に閉ループ制御を用いています。インストロン社とウィルソン社が提携したことで、閉ループ制御を硬度計に効果的に適応させた能力は、それまで気付かなかった再現性をもったシステムの開発へとつながっていきました。1990年代初期、この技術はロックウェル硬度計に最初に取り入れられ、その後ヌープ・ビッカースに、また同様にブリネルシステムにも取り入れられました。閉ループはたちまち非常に正確で再現可能な硬度試験結果を得る手段として勢いを増していきました。今日、その技術は広く知られ使われている形式です。

硬度試験の機具類、コンピュータハードウェア、電子機器、画像処理アルゴリズム、そしてソフトウェアの能力が近年大いに改善され、現在では、多くの場合自動化され、以前よりずっと素早く結果を出す、非常に正確で信頼できる試験工程への道が開かれています。これらの構成要素と技術は、能率、速度と正確さを比類なき水準まで上げる面で有益であることが判明しました。過去数年にわたり、より多くの伝統的な手動試験工程が試験工程のすべての面で急速に自動化に移行することが続いており、そしてまた将来もさらに続いていくことは疑うべくもありません。材料調整や処理、スライド固定、試料台の動き、結果の解釈、そして分析、さらに報告における新しい技術は、硬度試験産業に取り入れられてきました。ますます多くの自動化技術がヌープ、ビッカース、そしてブリネルの押し込み試験の試料台の旋回や画像分析を用いた多くの硬度システムに統合していこうとしています。自動的な硬度システムは概して完全制御の硬度計からなっており、それにはヘッドまたは圧子のハウジングから、または試料に焦点を自動的に当てるとともに既定の力でへこみを作るために使われた、スピンドルによるシステムのいずれかから、Z軸での作動同様自動回転する、または回転するタレットを含みます。これに加えて、専用の硬度試験ソフトウェアを搭載した標準のコンピュータ、自動XY軸旋回電動試料台、USBビデオカメラ、そして結果は強力な、完全に自動的な硬度試験システムです。これらのシステムは放っておいても自動的にほとんど数え切れないほどの押し込み旋回を作り、計測し、報告できます。この新しい技術により、過去に操作上の課題と散らかった作業場の原因となったたくさんのハードウェアが排除されます。

硬度試験は、各材料の試験、部材の品質管理と合否判断において重要な役割を果たしています。硬度試験の結果に従い、部材の熱処理、構造上の健全性、品質を検証し、材料が目的とする用途に必要な特性を備えているかを判断します。硬度試験結果と材料の所望特性との間の相関関係を確立することで、工業用および調査開発用として、またわたしたちが毎日使う物品に用いられている材料が、工学的に正しく設計された、効率的で安全な世の中に貢献することを保証する上で、硬度試験はとても有用になります。